神戸地方裁判所竜野支部 昭和39年(ワ)52号 判決 1965年7月29日
主文
神戸地方裁判所竜野支部昭和三八年(ケ)第二〇号不動産競売事件(同年(ケ)第二四号事件記録添付)の配当表に配当順位三、立正信用組合 配当額金五六〇、七四五円、同順位四、合名会社ひまわり金融社 弁済不足額金五〇四、九三九円とあるを、配当順位三、合名会社ひまわり金融社 配当額金五〇四、九三九円、同順位四、立正信用組合 配当額金五五、八〇六円と配当表を更正する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め其の請求原因として次のとおり陳述した。
一、被告は訴外秋田哲治郎所有の宍粟郡一宮町須行名字名畑九五番宅地七四坪。同所同地上家屋番号第一一六番木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪四一坪七合四勺外二階坪二九坪九合の土地建物(以下本件物件という)に対し昭和三八年八月二一日根抵当権設定契約に基く債権極度額金二五〇万円の内、現在債権額元金七七五、〇〇〇円並にこれに対する利息及び損害金合計金一、二八八、七六五円につき抵当権実行として神戸地方裁判所竜野支部に競売申立をなし(昭和三八年(ケ)第二〇号不動産競売事件)同裁判所は昭和三八年一一月七日競売手続開始決定をなした。
しかして原告は本件物件に対し順位第二番の抵当権を有する債権者として競売申立をなしたところ、同裁判所は昭和三八年(ケ)第二四号事件として前記昭和三八年(ケ)第二〇号事件に記録添付した。
二、本件物件は昭和三九年二月二〇日の競売期日において被告組合が金一〇〇万円にて競落し(同裁判所は同年五月一五日神戸地方法務局安積出張所に対し競落許可決定にもとづく所有権移転登記の嘱託をなし同年五月二六日の配当期日において別紙配当表が示され原告は同順位三番の被告の配当額に対し異議を述べた。
ところで原告の本件物件に対する抵当権の順位は第二番(神戸地方法務局安積出張所昭和三六年一〇月一三日受付第一、七二八号)であるところ錯誤によりこの抵当権が抹消されたもので其のいきさつは次の事情によるものである。
即ち原告は訴外秋田哲治郎に対し昭和三六年一〇月一〇日金五〇万円を貸与し本件物件及び宍粟郡一宮町〓賀字西山五九七番の五二、山林二反五畝九歩につき前記順位第二番の抵当権の設定を受けたのであるが、右各不動産については訴外宍粟信用金庫が順位第一番の根抵当権設定登記を受けていたものである。ところが訴外秋田よりの申入により昭和三七年七月上旬抵当物件中前記山林を処分して原告と前記金庫に一部弁済することとなりこの山林が金一三万円にて売却されたものの内、原告は金三万円を受領し、原告及び前記金庫は右山林についての抵当権設定登記のみを抹消することにしたのである。そこで原告は同年九月上旬頃司法書士丸居源治に登記済金員借用証書、弁済証書、その他必要書類を交附して其の一部抹消手続を依頼したもので借用証書の物件中抹消すべき前記山林の下部にも赤鉛筆で「レ」を附しこれを明示したものである。それで原告は右山林についてのみ抵当権設定登記が抹消されたものと信じていたところ、後に至つて同司法書士が錯覚を起し錯誤によつて本件物件を含む全抵当物件の抵当権設定登記を抹消したことを知つたわけである。
三、ところが訴外秋田もまた原告の後順位の抵当権者である被告も右錯誤による抹消登記の回復に同意しなかつたので原告は右両名を相手取り神戸地方裁判所竜野支部に右抵当権設定登記回復登記手続請求の訴訟を提起し(昭和三八年(ワ)第一三号)昭和三八年九月三〇日債務者たる秋田哲治郎に対し右抹消した抵当権設定登記の回復登記手続をすること。被告に対し右回復登記に対し承諾することの判決が言渡され、この判決は訴外秋田については確定したが、被告は大阪高等裁判所に控訴を申立て同裁判所は昭和三九年一一月一八日原判決を取消し原告(被控訴人)の請求を棄却する旨の判決を言渡した。
しかしこの第二審判決の理由とするところは原告が本件において主張する第二順位の抵当権の存在を否定するものでなく、むしろこれを肯定したが、本件物件がすでに競落され所有権が競落人に移転し配当手続が行われている以上、原告(被控訴人)は其の手続において其の権利を主張して配当を受くべきで該配当手続の段階においてすでに抹消されまた回復されても同様抹消される運命にある過去の抵当権設定登記の法律関係に基く確認を求めるのは法律上の利益を欠くというに過ぎないものであつて、原告の本件順位第二番の抵当債権に影響するものではない。
四、以上の次第で原告は自己の関知しない前記抵当権設定登記の抹消はもとより無効のものであるから後順位抵当権者である被告に対抗し得るべきものであり執行裁判所が本件配当手続において作成した別紙配当表につき順位第二番の抵当債権者であることを主張し請求趣旨のとおり配当表の更正を求める。
五、尚、被告の抗弁に対し被告は原告が民事訴訟法第六四七条第三項による訴を提起しなかつたから配当より除外さるべきであるというが、原告は執行裁判所から被告が主張するような訴外秋田の認諾しない旨の通知を受けていない。またこの点については被告が主張するように訴外秋田の異議は却下されすでに確定している。また本件については訴外秋田に対する原告の抵当権の回復を求める訴は前記のとおり確定しているので、民事訴訟法第六四七条第三項による訴を提起する必要は更にないものであると陳述した。
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁及び抗弁として次のとおり陳述した。
一、請求原因第一項の事実中、原告が本件物件につき順位第二番の抵当権者であるという点は否認するが其の余の事実は認める。
二、請求原因第二項の事実中、原告主張の順位第二番の抵当権が錯誤により抹消されたとの点は否認する。従つて登記簿上の表示により被告が第二番抵当権者として作成された本件配当表は正当である。其の余の事実は認める。
三、本件訴訟は被告の債権の存在自体を否認するものではなく、単に抵当権の順位を争うだけの訴訟である。而して抵当権の順位は登記の前後によるものであつて民法第三七三条及び不動産登記法第六条に明定する処である。従つて未登記或は抹消された抵当権は其の理由の如何に拘らず登記した抵当権より順位が遅れるものであり、これは理の当然である。従つて原告が其の主張するように抵当権設定登記が抹消されて何等かの損害を蒙つたとしても先順位となつた被告の抵当権に対抗できるものでない。
四、訴外秋田哲治郎は御庁昭和三八年(ケ)第二四号事件につき民事訴訟法第五四四条第一項の異議を申立たものとして御庁昭和三八年(ヲ)第八一号執行の方法に関する異議申立事件として受理され昭和三九年二月二一日異議申立却下の決定が為されているが、之は恐らく訴外秋田哲治郎の右申立の趣旨を誤解したものであろうと思われる。訴外秋田は御庁昭和三八年一二月三日付配当要求通知書に基き該通知書到達の日より三日の期間内に民事訴訟法第六四七条第二項により原告の記録添付になつた債権を認諾しない旨申立たものと思われる。しからば右認諾しないことを裁判所より通知のあつた時には原告は其の通知があつた時から三日間内に債務者たる秋田に対し訴を起し其の債権を確定しなければならない。然るに原告は債権確定の訴を提起せずして右三日の期間を徒過したものである。従つてこのことによつて原告の主張する債権は配当要求の効力を失い配当より除外さるべきものである。なお前記御庁昭和三八年(ヲ)第八一号事件の決定は訴外秋田の申立の趣旨を誤解したもので何等の効力がないのみならず、訴外秋田の前記原告の債権を認諾しない旨の申立に対する判断を遺脱しこの点に対する審理は未だ終了していないのである。
証拠(省略)
理由
一、被告が訴外秋田哲治郎所有の本件土地、建物に対する根抵当権設定登記に基く債権元利金合計金一、二八八、七二五円につき抵当権実行の申立をなし(神戸地方裁判所竜野支部昭和三八年(ケ)第二〇号不動産競売事件)昭和三八年一一月七日競売手続開始決定がなされ、原告が前記同一物件に対し順位第二番の抵当権を有する債権を主張して同様競売申立をなしたところ、前記競売事件に記録添付(昭和三八年(ケ)第二四号)されたこと、前記物件は昭和三九年二月二〇日の競売期日において被告組合が金一〇〇万円にて競落し、執行裁判所は昭和三九年五月一五日神戸地方法務局安積出張所に右競落許可決定に基く所有権移転登記の嘱託をしたこと、尚執行裁判所が昭和三九年五月二六日の配当期日に別紙配当表を示したところ、原告が配当順位三番の被告組合の配当額につき異議を申立たことはいずれも当事者間に争いがない。
二、そこで先ず被告においても其れが錯誤によるものであることを争う外、原告主張の順位二番の抵当権設定登記が抹消されていることを明かに争わないので、該抹消登記手続が果して原告のいうような事情のもとに不法に抹消されたかどうかについて判断する。
当事者間成立に争いのない甲第一号証の一、(判決)によると原告主張の事実摘示及び理由に示すとおり原告は本件物件及び外兵庫県宍粟郡一宮町〓賀字西山五九七番の五二、山林二反五畝歩につき順位二番の抵当権設定登記を受けていたところ、右同一物件につき訴外宍粟信用金庫も順位第一番の抵当権設定登記を受けていたが、同信用金庫、原告及び債務者秋田哲治郎の三者間において前記抵当物件の中、前記山林一筆を処分し其の売得金をもつて同信用金庫及び原告に対し前記抵当債権の一部弁済に充てることの合意が成立し、昭和三七年七月一八日右山林が金一三万円にて売却されたので原告が其の内金三万円を受領し、前記信用金庫及び原告においては各自右山林の抵当権設定登記の抹消登記手続をすることとし、同年九月頃それぞれの従業員が司法書士丸居源治に対し借用証書(登記済証)、弁済証書、委任状等必要書類を交付し抹消登記手続を委嘱したところ、同司法書士は相当日数を経過しこれが手続を遅滞しているうち借用証書には抹消を指示して其の旨符牒までしてある前記山林の外本件物件も抵当物件として表示してあるところから原告からの依頼の趣旨を忘却しこれ等の全物件につき原告の抵当権の抹消登記手続をすべきものと考え、既に完成を見ていた必要書類にわざわざ本件物件をも書き加えた上、同年九月二七日神戸地方法務局安積出張所において宍粟信用金庫の抵当権については前記山林だけ、原告のそれについては全対象物件について抵当権設定登記の抹消登記手続をなした結果、そのとおりの抹消登記がなされたことが認められる。右認定のとおりであつて本件物件に対する原告の抵当権の抹消登記は原告に何等の過失もなく、前記司法書士丸居源治が委託の趣旨にそむき錯誤に基きなしたもので無効のものと断ずべきである。
三、前記甲第一号証判決に基く訴訟は債務者である秋田哲治郎を被告として抹消された原告の抵当権設定登記の回復を求め、また原告の後順位第三番抵当権者たる被告組合をも被告として右回復登記に承諾を求めたものであるところ、当事者間成立に争いない甲第一号証の二のとおり訴外秋田哲治郎については原告勝訴の該判決は確定し、被告組合において控訴を提起したものである。当事者間成立に争いのない甲第二号証(判決)によると第二審たる大阪高等裁判所において被控訴人たる原告は従前の請求を「被控訴人と控訴人との間において被控訴人が本件物件に対してなした第二順位の抵当権にして本件物件に対する昭和三九年二月二〇日の競落により生じた競落代金につき第二順位の配当要求権あることを確認する」と変更し各当事者において同判決摘示のとおり事実関係を陳述したものである。ところが右原告の請求は甲第二号証第二審判決理由にも示すとおり本件物件はすでに競落許可決定に基く所有権移転登記がなされすべての抵当権は消滅し、かりに原告の抹消された抵当権が回復されていたとしても同様消滅に帰し抹消される運命にあるのであるから原告が現に本件訴訟において実体法的理由にもとづき順位第二番の抵当権を主張し其の配当手続に参加している以上、前記控訴審において第二順位による抵当権に基く配当要求権の存在確認を求むるが如きは何等の実益なく確認訴訟としての法律上の利益を欠くものというべきである。これと同一見解を示した前記第二審判決はまことに正当である。
四、右認定したところによれば本件物件に対する原告の前記第二順位の抵当権設定登記は実体上その抹消原因がないのに第三者が不法に其の抹消登記手続をしたものであることが明らかであるから公信力のない右抹消登記は法律上その効力を生ずるに由なく原告は右抹消登記のなされた後においても依然本件物件に対する第二順位の自己の抵当権をもつて後順位抵当権者たる被告に対抗し得るものというべきである。
五、よつて原告が昭和三九年五月二六日の本件配当期日において別紙配当表の順位三番の被告の配当額につき異議を述べたのは配当表記載の順位四番の原告の弁済不足額金五〇四、九三九円が其のまま後順位抵当権者たる被告に優先して本件売得金一、〇〇〇、〇〇〇円より配当さるべきことを主張することに帰するから以上原告の本訴請求は理由がある。
六、尚、被告の原告は民事訴訟法第六四七条第三項の規定による訴を提起しなかつたので本件配当より除外さるべきである旨の抗弁について附言する。
なるほど被告主張のとおり当裁判所昭和三八年(ヲ)第八一号執行方法に関する異議申立事件として本件競売手続(昭和三八年(ケ)第二四号)において債務者秋田哲治郎代理人松本浩からなされた配当要求に対する債権否認の申立(債権者合名会社ひまわり金融社の金四七万円の債権については認諾できない旨の申立)に対し当裁判所裁判官が右の申立を執行方法に関する異議と認めて却下の決定をしていることは顕著の事実である。
しかしながら当事者間成立に争いない乙第一号証はその記載内容からして任意競売たる本件競売手続にはとくに準用する旨の規定はないが、其の性質に反しない限り準用される民事訴訟法第六四七条第一項にもとづき原告の競売申立を記録添付した旨の通知であつて該記録添付は同法第六四五条第二項により実質的には配当要求の効力を生ずる同法第六四六条の本来的な配当の要求ではない。もともと不動産に対する強制競売は執行力ある正本に基くものであるから其の債権に対し債務者の認諾を要すべき謂われはなく執行力ある正本に基く配当要求についても同様であるが、執行力ある正本に因らない配当要求に対しては債務者の認否を求めることが弁済につき平等主義を原則とする強制競売において当然のことであるから民事訴訟法第六四七条第二、第三項はこのことについて規定したものである。而して本件の如く競売法による競売手続についても二重競売を禁止する趣旨から前記の如く民事訴訟法第六四五条第二項の規定を準用するものの、其の性質上執行力ある正本によらない配当要求(民事訴訟法第六四七条第二項)を認める余地はないのであるからもとより同条第三項が準用される訳はない。ただ本件においては執行裁判所が競売法にも準用される民事訴訟法第六四五条第二項の申立を同法第六四七条第一項の規定にもとづき債務者に通知したに止まるのに対し、債務者秋田哲治郎の代理人弁護士松本浩があやまつて強制競売の場合にのみ適用される同法第六四七条第二項の配当要求債権に対する認否を申立たもので、本件任意競売手続においては無用の申立をしたものといわねばならない。従つて当裁判所裁判官がこの債務者の債権否認の申立を前記のとおり執行方法に関する異議申立としてとりあげ異議を却下する裁判をしたのは妥当でない。しかし被告のこの点に関する主張は右認定したところにより採用の限りでなく、前記本件本案の判断に何等影響するものでない。
七、よつて原告の請求を認容し原告と被告とに関する部分につき別紙配当表を変更し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
別紙
<省略>